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【偏ったオタクの感想ですがよろしければ】
技巧にばかり走って心がない
巧いだけで心がない、何を描きたかったか伝わってこない。
最高の画家になれると信じるからこそ的確な、真実の、そして厳しすぎる批評。
父から子へ、だから許されるのか。そこに愛情があるからなのか。
いや、でも伝わらないとただただ冷たくて辛辣な言葉。
ちゃんと伝わってて、ちゃんと受け取れてて、その思いをお互いに汲み取れてたら、、、と思わずにいられない。家族だからって、親だからって、それが無条件に伝わるとは限らない。
いや家族だからこそ、遠慮のない言葉選びと、優しさのない言い方になってしまわないだろうか。
……心当たりが有りすぎる。
心配すると怒り口調に、不機嫌でもないのにぶっきらぼうに、ホントに思っていないのに憎まれ口たたく。家族だから、と思って甘えている。でも甘えすぎて、もしくは、ホントの気持ちを言えないと、どんどん悪化するのが家族関係だよね。……あぁ胸が痛い。家族って、親子って、ホントにホントに面倒くさい。でも、だからこそ大事にしないとね。
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……個人的にジェイミー以来3年ぶり二度目ましてのふーちゃんくんは、いろんな意味で新鮮さそのままなのに、歌がよしお様味を帯びて、途中まで初めましてだと思って観てた笑
ホントに純粋な、愛すべきエミールをありがとう。太星くんがお兄さんになったんじゃなくて、ふーちゃんくんが生粋のほっとけない弟タイプだからだと思うよ。ジェイミーの時は、幼馴染の女の子と話すシーンがまさにそんな感じで、かわいくて、でもしっかりと自分を表して変わっていく姿が本当に心から「応援したい」と思ったなぁ、、、ジェイミーの頃はいろいろあって、そんな感想を吐き出すところもなかったし、機会もなくて、、、あぁ一気に思い出したらもう一回観たいなって思う今。
すれ違う親子の心
父は息子に最愛の母の最後を見せてしまった、その姿その眼を描かせてしまったという負い目があった。
息子は、自分が父の最愛の人を奪ってしまったという思いがあって、父の役に立ちたかった。
だから、自分の絵ではなく贋作を描いて、お金にしたいと思った。自分の絵を、自分の才能を、自分がそう望んでいるのだから。
舞台に描かれているこの二人の姿は、やり取りは、会話は、こんな風な説明は一切ない。ただただ、お互いの思いを口にする。すれ違った思い。相手の気持ちなんか1ミリも受け取らない。ただただ、自分の思いを、ぶつけるだけ。
「相手のために」という自分勝手な理由で。そう、誰も自分のために生きていない。
二人なら、と思える相手との出会い
父から離れ、目の前に現れたのは絵画のガイドをするジャン。その語りは絵画の世界が見えると評判になるほど、話すことに長けた青年。久しぶりに絵を描きたいと思った。ジャンの話を聞いていると浮かんでくるものを、絵に描いて渡し「一緒に絵を描こう」と意気投合する二人。大好きなアンドレデジールという画家を通じて、二人ならと思える相手がそこに。
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はいここ、同担に出会って、好きなとこが一緒で一気に盛り上がるオタク。ああいう時って、ホントうれしいよね、うん嬉しい。好きな作品言い合って、自分の推しポイントを共有できて、それも同じだったらもう、時間忘れて語りつくしちゃう。そんで調子に乗って、一緒に歌ったりして……あぁ同担最高!推し最高!!みたいな。はい、もうこのシーン来るたびに「わかるわかる!」「推しのはなし、たのしーよね!」と、マジでアホなオタクヅラしてた自覚しかない。楽しかったぁ、、、まぁこの先のストーリー知っちゃうと、このシーンも涙腺のトリガーになるんだけどね、はい。
もうひとつの大人バージョン観てないから知らんけど、高橋・島バージョンだからこういう印象なのかなと。でも、ホントに楽しいの、波長の合う同担と出会うと。
でもずっと一緒にいられないのはなぜなんだろうね。
二人で絵を描き始めてもなお
ジャンは「エミールに絵を描いて欲しいから」
エミールは「自分の絵が父のためになる」
そうして、ジャンに少しばかり残っていた罪悪感は、あっという間に粉砕される。
はじめは「犯罪だ」と抵抗していたものの、、、気づくと膨大な数の贋作を世に放っていた。
「エミールが絵を描いてくれるなら」
「ジャンが喜んでくれるなら」
それでもジャンは、エミールに自分の作品を描いてほしいと思っていた。二人で描く【贋作】最後の作品として、出会ったきっかけとなったアンドレデジールの「行方不明の幻の作品」を完成させたいと。
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皮肉だよね。意気投合した同担の絆にヒビが入るのも、推しがきっかけ。まぁ現代日本のオタクにも、よくあるのかなぁ…寂しいな。好きなもの一緒だったのに、ちょっとした行き違いで(見解や解釈の違い?)で、離れていく心、相手を思う言葉が余計にその溝を深く深く、埋められないものに。
大事なものは、自分にとって?相手にとって??
「エミールは絵を描くことで生きられる。だから描くべきだ」
「ジャンは自分よりも俺の才能のほうが大事なら、もう描かない」
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これは才能のある芸術家だけでなく、凡人にだってありうる、、すれ違い。
たとえば私みたいな物書き気取りだって、近い思いを抱くことはある。
「書かないならあたしは必要ないのかな」とか、
「書いてこそ自分を受け入れてもらえるのかも知れない」などと、
低気圧の影響で機嫌が悪いと、そんなネガティブな気持ちにもなる。
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有名な画家と同等の絵を描ける天才なら尚更その思いは強くて深い。
愛されるのは絵を描く自分、だとすればその痛みと不安は激しく重い。
急速に離れていくジャンとエミールの心の距離。
ジャンのお話を聴いて、それを絵にするエミールの、二人でひとつの作品。
そうして描き続けてきた二人なのに、ひとりで絵を描くことができたエミール。
それは、とうとうやってきたその時、二人で描くことの終焉。
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島太星べた褒めタイムここ笑
笑って、別れを告げるジャン。言葉は全部優しくて前向き。でも心の号泣が伝わる。
笑顔で「それがいいよ」といいながら「自分はもう必要ない」「エミールに必要とされたかった」が全身から伝わってくる。セリフにも歌にもないけど、才能よりエミールを思っていたことが、エミールに背を向けた一瞬の表情でわかる。
……大人の芝居だと思った。きっと、いろんなものを吸収する能力が、まぁそそれだけじゃないんだろうけど、スポンジ並みにすぐ吸い取って自分のものにしちゃうんだな、これが天才か。おそるべし島太星。
傷ついた心を隠して、相手を傷つけないように、離れられるか?と自分に問いていたのに、結局は相手を思って去る決意。
楽だけその決意を徐々に表す芝居になってて、本当に目が離せなかった。デジールの娘とエミールの会話に入らず、やり取りを確認しながら、、、
たまにジャンが傷ついた瞬間を教えてくれる
……あぁ、この会話で傷ついたんだな、そっかここで決意したんだな、とかが、鮮明にリアルに伝わってくるのが、胸が痛い。
ガルフレの時も思ったけど、太星くん「傷ついたのを隠そうとする芝居」が本当にすごいのね。でもそれがちゃんと「年齢」とか「その辛さの種類」とか、なんなら「思いの重さ」も違うから、それが直球で伝わってくるのが、、、すえ恐ろしいのよ。
そして毎度のことながら、歌が半端なくその表現の最高度を超えてくる。今回は前半低音パートを担当してて、もちろん素晴らしいんだけど、最後の曲にやってくる太星くんの歌が「一番輝く音域で爆発する」【二人なら】はね、照明が太星くんに集まって、というかセンター後ろに立つ太星くんに、光が吸い寄せられていくように最高の照度を放ってて眩しかった。……毎回完璧&完成度更新するの、どうにかなりません?ちょっと眩しすぎて放心が抜けません……抜け殻ロス只中の今。
結論、めちゃくちゃ覚悟しておくので台本ないバージョンを切望
以上、その一言に尽きる。本があってもなくても素晴らしい。なら完全版のミュージカルにしてほしい作品今年度第一位確定。
まぁ観るしかないよね、ここまで読んだなら笑↓

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そして私、絶対にパリにいく!と心に決めたことを有言しておきます、実行に繋げるために。……影響されやすいオタクの自認しかありませんけど、そんな気持ちにさせてくれる作品ってことですわ、出会ってしまったんだからしゃーないんすわ、開き直りの何がわるい?の今ですわ。よし、パリ貯金を再来月くらいから、、、🐖笑
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